幼児期は人間形成の
基礎となる時期です
園の理念
教育方針・特色
教育方針・特色
この目的を達成するために、キリスト教的(カトリック)精神に基づき、正しい人間としての生き方の基礎を養い培います。
体操教室
体操教室
聖園幼稚園の施設紹介
聖園幼稚園の施設紹介
聖園幼稚園の始まり
聖園幼稚園の始まり
開園当時の園舎
今から74年前のこと。
富良野にはまだ教会がありませんでした。砂川教会のヤヌワリオ神父様は、月に1回26名の信者がいる富良野に御ミサをあげに来ていました。
神父様はイエズス様のことを多くの人に伝えたいと思い富良野にも教会と幼稚園を建てようと考えたのです。
工事には多額の資金が必要でした。ドイツのフルダという町に住んでいた信者さん達から寄付をいただき、教会と幼稚園の工事が始まりました。多くの人に支えられて、幼稚園は完成し、1952年12月24日に「幼稚園」の認可を受け開園しました。
富良野地方には砂川教会の献堂後、同教会の巡礼地となり、主任司祭のヤヌワリオ師が巡回司牧に当たっていた。富良野地方には二十六名の信徒が居住していた。みな熱心な信徒で、教外者への宣教も活発だった。
こうした信徒の努力が実り、3,861平方メートルの敷地に213.5平方メートルの「聖園幼稚園」を新築し、その一室を聖堂として1952年(昭和27年)10月27日、富良野教会の献堂式が挙げられた。初代主任司祭・初代園長には、フランシスコ会オランダ管区のスタニス・ムルダー師が就任した。
当教会開設までには、教外者の一婦人の熱心な協力があった。故名取マサさんである。名取さんは、戦災孤児、海外からの引き揚げの孤児を収容する「国の子寮」を富良野に設立し、その寮長をしていた。子ども達に宗教教育の必要を痛感し、ヤヌワリオ師に依頼し、国の子寮でミサを挙げ、多くの子ども達をカトリックの信仰に導いた。昭和28年のクリスマスには、国の子寮の保母、子ども達が20名も受洗した。彼女は富良野教会の敷地の買収、建築に尽力されたが、1971年(昭和46年)帰天する前に受洗した。
さて、献堂後、教会は発展し、教会は狭隘(きょうあい)になり、また厳しい風雪に耐えてきた老朽化のはげしい教会・幼稚園を改築することになり、ドイツの信徒、当教会信徒の協力で、建物すべてを新築し、1979年(昭和54年)4月30日、献堂式が行われた。新教会は386平方メートル、幼稚園755平方メートル、いずれも鉄筋コンクリート造、総工費8,500万円であった。当時の主任司祭、テオドール・シーベル師の尽力に負うところが大きかった。
1979年〜2023年2月迄
2023年3月〜